気になったことについて語っている個人日記。
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現代社会における評価の一環として高学歴が挙げられるが、高学歴者=社会人における優秀な人材とは限らない。現在求められている人材は自立性という声もある。

社会が高学歴を必要としているからという理由で進学している生徒が、将来的に使い物にならない場合も多いようで、いつか中国では優秀であった生徒がアメリカのハーバードなどの大学から拒否されたのが印象的な話題でもあった。

個人的に以前知り合った慶応大学出身の方はそれほど優秀でなかったのも経験からインパクトがあった。当方も高学歴=優秀だと誤解していたためである。

しかし、高学歴は職種によっては必要とされ、やはり現実を見る限りは優秀と判断されがちだ。そんな事情もあってか、ついつい自分の学生時代の評価を自慢したがる人も多くいるようだ。そうなるとそれを自慢したがる人もいることであろう。しかし下には下がいるものである。そういう輩を見るとやはり高学歴は優秀なんだと思わざるを得ない。

つい先日、私がとあるラーメン屋に行った時のことである。店内に入ると金色に染めた身なりが悪い、30くらいの男が3人ほど戯れ馬鹿騒ぎしていた。会話内容は低俗で既に酔っ払っていたようだ。

私がラーメンを注文すると同時に彼らが所有してた携帯電話が鳴り出した。マナーなぞ当然持ち合わせておらず張り上げた声で話し出した。

その彼らの口調もさることながら会話内容が意味不明でしだいに怒り出したのだ。

電話の向こう側の言い分は当然わからないのだが、「今から殺ちゃうよ~」とか「おめえ、中卒だろ!俺は高卒だ!」と自慢にもならない会話でどうやら相手を脅しているようだった。

今まで傲慢な人間が東大出身であることを不要に自慢している場面に遭遇した過去があるが、高卒を自慢する輩を見たのは人生初である。しかし彼らにとっては高卒はステータスなのである。

終戦後は家庭の事情もあり、大学に進学できなかった優秀な若者が多数高卒・中卒で活躍していたという事実もあるのだが、そうした埋もれた人材が現在でもいる可能性が否定できない。

しかし先日直面したマナーが悪く下品な彼らの姿を見ると、やはり高卒は使えないという印象しか持たないのだ。

自慢話にも限度があるが、人それぞれ価値観にかなりの差があるという事実を改めて痛感した出来事であった。


2011/02/07 8:36 AM|Category : 日記| コメントはありません。
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